4/04/2007

色々な芸術家に出会った話

 1972年1月、場所はパリのプティパレ美術館。ターナーの作品「雨、蒸気、スピード、鉄道」の前であった。私はそこで突然、知人に出会った。瞬間、驚きとなつかしさが私をおそった。私は傍らにいた上品な婦人に覚えたてのドイツ語で「貴方とごいっしょの紳士は、ピアニストのウィルベル・ケンプ氏ではないでしょうか?」と尋ねた。「ええ、その通りです。あなたは日本の方ですか?」まったくの偶然であった。


その昔、叔父の買ったSPレコードの中に、ケンプの弾いたベートーベンのハンマーグラビアソナタがあった。私は、このポリドール社製のレコードを何十回も聴いては、若き日のこの巨匠のベートーベンの表現にすっかり魂を奪われていた。晩年、幾度となく来日してはケンプはベートーベンを弾いた。しかし、すでに昔日の面影はなく、力の衰えのみが耳に残った。それとは正反対に戦前のこのレコードに収められているハンマーグラビアソナタは筆舌に尽くしがたい調べに満ちた、宝物であった。キラキラしていた。


このレコードを聴いた私は、それ以来65歳になった現在までクラシック音楽を愛し続けている。ケンプ自身も「あのレコードは自分の中でも最もすばらしいものですよ。」と言った言葉はいまでも強く私の心に焼き付いている。

ツァイト・フォト
石原