3/13/2008

フォト! アジアティック!

台北に日本の若手写真家諸君の展覧会で出掛けた。ここは上海、北京、ソウルなどとはまた異なった
雰囲気とカルチャーがあって興味津々たるものがある。写真。It's beginging という感じで活気がある。それに柔軟性も加わりパリや上海の様な大都市ではないが、面白い作家の出る可能性は充分ある。ペインター、インスタレ—ション・アーティストも加わり、大テーブルで夕食をとる。色々な若手と、海鮮料理をつまみながら、「この作家は買いか否かさぐりを入れる」一段と料理の味が冴える。

ツァイト・フォト
石原

1/15/2008

コンテンポラリー・アートの生命

ツァイト・フォトは写真と油彩画という平面作品で、日中交流展を上海美術館で企画中だ。
同時に上海や北京で開催されるアート・フェアにも毎年参加している。


そんな中、先日、私は日本国内で評判の高いアート・フェアに行ってきた。
若手のアートディーラー達が、東京、神楽坂のホテルを貸し切って、
1階から5階の30部屋ほどのスペースに、
国内の力ある画廊が自分のところのアーティストの作品を持ち寄って販売するというものだ。
アイデアが個性的なことが話題となって大勢の人達が会場に押し寄せた。
私も知人に誘われて作品を捜しに出掛けたというわけである。


ホテルの廊下や小部屋は見物人でいっぱいだった。
でも、あまりに狭すぎて大きな作品は飾れない。
ベッドの上に置ける作品のサイズはたかが知れている。
また、午後になると入場券は売り切れて、入りたくても断られる。
斬新な試みで作戦勝ちということは出来る。


しかしである。
私が毎月出掛けている中国作家のアトリエに比べると、
10分の1、いや、100分の1以下の狭さだ。
今や、世界で活躍するアーティストの作品の巨大化はとどまるところを知らず、
中国に限らず世界基準の作品サイズは数メートル級となっている。
もちろん、作品の価値は大きさではない。
しかし、この狭さが大きな作品を疎外している事実は否めない。


ここは、根本的に現代美術の生息場所ではない。
しかも、入場制限とは、言語道断ではないか。


コンテンポラリー・アートの生命はすべての人達にいつでも自由に参加してもらう事で息づく。
日本の若手がこれでは困る。

ツァイト・フォト
石原

11/02/2007

上海グラント



先日"上海グラント"というDVDを観た。楽しめた。
この東アジアのメガロポリスは当時(1935年)から国際政治の
舞台である経済的カオス的メッカである。

今の上海もこの血統をそのまま引き継いでいるところがある。
私はこの国の今の若手作家の平面芸術に恋をしている。

アーティストの工場の様な大きなアトリエを訪ねると、そこには魔法
にかけられた様な作品がずらり並んでいる。
芸術を愛するものは、上海を愛し、北京に恋をする。


石原悦郎

7/21/2007

85/05 幻のつくば写真美術館からの20年展

2005年に、仙台メディアテークにて開催された『85/05 幻のつくば写真美術館からの20年展』の
詳細をアップしました。

この展覧会は、1985年3月に国際科学技術博覧会(科学万博ーつくば`85)の開催に合わせ、写真表現の全体像を体系的に紹介する『つくば写真美術館`85』(`85/03/09ー09/16)の回顧展です。
当時としてはめずらしい大規模な写真だけの美術館であり、その中でも、飯沢耕太郎、伊藤俊治、金子隆一、谷口雅、平木収、横江文憲という6人の若手キュレターによって企画された展覧会『パリ・ニューヨーク・東京』は、今でもたくさんの写真の展覧会へ大きな影響を与えています!

ホームページでは、その一部のみの紹介になってしまいますが、石原のテキスト『あるコレクターの夢』の全文を掲載しています。

7/12/2007

ヨーロッパとHP

石原オーナーは、只今出張中です。
ヨーロッパへ、カッセルのドクメンタを観に行ってしまいました。

ホームページの方は、アーティストの中国人も少しずつアップしています。

4/04/2007

色々な芸術家に出会った話

 1972年1月、場所はパリのプティパレ美術館。ターナーの作品「雨、蒸気、スピード、鉄道」の前であった。私はそこで突然、知人に出会った。瞬間、驚きとなつかしさが私をおそった。私は傍らにいた上品な婦人に覚えたてのドイツ語で「貴方とごいっしょの紳士は、ピアニストのウィルベル・ケンプ氏ではないでしょうか?」と尋ねた。「ええ、その通りです。あなたは日本の方ですか?」まったくの偶然であった。


その昔、叔父の買ったSPレコードの中に、ケンプの弾いたベートーベンのハンマーグラビアソナタがあった。私は、このポリドール社製のレコードを何十回も聴いては、若き日のこの巨匠のベートーベンの表現にすっかり魂を奪われていた。晩年、幾度となく来日してはケンプはベートーベンを弾いた。しかし、すでに昔日の面影はなく、力の衰えのみが耳に残った。それとは正反対に戦前のこのレコードに収められているハンマーグラビアソナタは筆舌に尽くしがたい調べに満ちた、宝物であった。キラキラしていた。


このレコードを聴いた私は、それ以来65歳になった現在までクラシック音楽を愛し続けている。ケンプ自身も「あのレコードは自分の中でも最もすばらしいものですよ。」と言った言葉はいまでも強く私の心に焼き付いている。

ツァイト・フォト
石原

3/30/2007

芸術の連鎖

先日、写真作品の納入のため東京郊外の私立美術館を訪ねた。周辺に桜の樹が多く新緑の中にその淡いピンクがよくマッチして、ちょっとした絵巻物だった。

用件を終えた後、親しい学芸員のA君が人のいない早朝の館内に飾られている収蔵品を見せてくれた。18世紀から19世紀の古典の欧州絵画が主流であるがその中の、クロード・ロラン、ロイスダールそしてド・ラトゥールの作品を見た時、感動の嵐が私を襲った。本当にひさしぶりの感動であった。

私はその日夜遅く自宅に帰ってからも、その興奮が持続していた。数年ぶりに1936年製のSPレコードを取り出した。ブルノー・ワルター指揮のワーグナー(ワルキューレー)だった。これも素晴らしかった。「高き芸術は連鎖するのだよ」とかつてビル・ブランドが私に語りかけてくれた事を思い出した。

ツァイト・フォト
石原